匠弘堂・代表取締役社長の横川 総一郎が、社寺建築の仕事やその魅力について思いの丈を語るコラム連載。第3回は、匠弘堂の「見学」をテーマに綴ります。

横川 総一郎

プロフィール

横川 総一郎
匠弘堂代表取締役社長、設計、営業、経理担当。昭和39年京都生まれ。大学では機械工学を専攻、家電メーカーを経て建築設計の業界へ飛び込む。現場にて岡本棟梁らと出会い、感銘を受け、岡本棟梁に入門。 のちに3名で「匠弘堂」起業。松下幸之助氏の「志あればかならず開ける」が信条。 趣味は楽器演奏、ドライブ。辰年、O型。

建築業界に限らず、多くの業界・学生の見学を受け入れ

匠弘堂では学生や社会人の方の見学の受け入れも行っていて、だいたい月1回のペースで見学の方が来られます。修学旅行のシーズンになるともうちょっと数が増えて、1日に2回、午前と午後で受け入れることもあります。意外や意外、全て他府県からおいでいただいています。

面白いなあと思うのは、見学に来られる理由です。

みなさん、宮大工の仕事を見学に来るということは、社寺建築に興味があるのかなと思われるとことでしょう。実際、建築関係の組合関係や商工会の企業視察も多いのですが、それ以外にも幅広い業界の方が来られます。

ちょっと意外な業界でいうと、たとえば看護学校の生徒さんが来られることがあります。これはなぜかというと、看護師になるとさまざまな業界で働く患者さんを看ることになるわけですよね。だから、学生のうちにいろんな業界の職場や働き方を見ておいて、その業界独特の疾病や怪我にはどんなものがあるかを知っておきたいのだそうです。

ピアノ職人さんが来られたこともあります。こちらは、大工道具の使い方や研ぎ方などを知りたいという理由でした。大工道具、特にカンナやノミなどの日本の刃物は切れ味が鋭く品質が高いんですね。その使い方や研ぎ方を直接大工さんから聞いて、自分の仕事の参考にしたいとおっしゃっていました。

宮大工の道具

社寺建築の魅力は「時間軸の長さ」と「本物の木」の良さ

見学に来られた方には、まず、私から社寺建築についての説明を行います。それから、工房での作業が見られる日の場合は、見学のあと、場合によってはカンナがけなどの大工体験もしていただくことがあります。

ただ、申し訳ないのですが、工房見学はいつもできるとは限りません。大工は、1年の半分くらいは現場に出ているので、見学に来られるタイミングによっては工房に大工がいないこともあります。そういう場合は、私の講義のみにさせてもらっています。

見学者の方には、もちろん建築についての細かな説明もしますが、それ以外のお話もいろいろします。

たとえば、社寺建築の魅力について。私は、社寺建築の魅力というのは、長い「時間軸」と「木の良さ」にあると思っています。

お寺も神社も、とても長い時間軸で考えて建てるものです。マンションや一般の住宅ならで、建てるときに考えるのはせいぜい数十年先くらいまで。けれど社寺建築は100年、200年先のことまで考えて建てられているんですね。

普通に生きていて、100年200年先を考える機会ってそうそうないと思います。自分が死んだあとも建物はずっと残るというロマンが、社寺建築の魅力だと思います。

匠弘堂スタッフと学生さんたち

また、社寺建築には必ず「木」を使います。

日本人は昔から木と一緒に生きてきて、建築物はじめさまざまなモノを木から作ってきました。だけど最近は、本物の木の良さや特徴を知らない人が意外と多いように感じます。

木を建築物に使う際は、切ったあとに長い時間をかけて乾燥させてから加工します。だけど、加工したあとも、雨の日には湿気を吸って、乾燥している日にはその湿気を吐いて……といわば「呼吸」をするんですね。

そして、呼吸を繰り返した結果、時間が経つにつれてほんの少しですが曲がったり伸び縮みしたりと変化していきます。時には表面がひび割れたりすることもあるでしょう。これが木の「味」でもあるんです。

ところが、この木の変化を知らない、わからない人も少なくありません。中には木造の家に住んでいる人であっても、その変化を嫌がるケースがあると聞いています。

だから、見学の際は、本物の木はこういうものなんですよ、ということもお伝えするようにしています。

中学生は、リラックスしてもらうところからスタート

見学に来られる学生の方は、中学生がほとんど。いわゆる「総合学習」の一環で来られます。

中学生の場合、最初はみんな、おそるおそるといった感じでやってこられます。どうやら、社寺建築の会社をやっていて、宮大工さんを束ねる社長というと頑固親父というか、気難しいおじさんをイメージするみたいで(笑)。

だけど、せっかく来てもらった以上は、リラックスして、興味を持って話を聞いてもらいたいですよね。

だからまずは、簡単な自己紹介をしたり、学校のことや部活のことを聞いたりして場を和ませ、距離を近づけることから始めます。

リラックスしてくると、子どもたちの空気も変わってきます。最初はおっかなびっくりだったのが、「なんや、このおっちゃん結構おもろいやん」みたいな雰囲気になっていく。そういう状態になってから初めて、社寺建築の話をするようにしています。

「人生、まっすぐでなくてええやん」

中学生は、だいたいみんな頭の中で「宮大工の会社を作るような人は、きっと子どもの頃から建築に興味があって、それ一筋でずっと頑張ってきた人じゃないか」というイメージを持って見学に来られるようです。

ところが、実際の私はまったくそんな生き方はしていません(笑)。このコラムの第1回でも詳しく書いたのですが、紆余曲折やいろんな方との出会いを経て、ここにたどり着いているわけです。その話をすると、だいたいみなさん「へー!」という顔をします。

「人生って、まっすぐでなくてええやん。失敗してもええやん。失敗したらそこから学んだらええねん」

「人との出会いって大事やで。もっと人と会ってみようや」

そんなメッセージを伝えられたら、とも思っています。

見学の様子

もちろん、見学に来られた子が将来、社寺建築に関わってくれるようになったらとてもうれしいですよ。この話を聞いたあとにお寺や神社に行って「あっ、この建物のこれが、この前あそこの社長さんが話をしてくれたやつだな」と社寺建築を楽しんでくれたら、それもうれしい。

だけど実際の話、見学に来られた子どもたちがみんな社寺建築に関わる道を歩むのかというと、そうとは限りません。

だとしても、せっかくご縁があって匠弘堂に見学に来てくれたのだから、その子の心に残ることを伝えたいと思うんです。

失敗を繰り返し、好きなこと、得意なことに夢中になって、世の中に貢献できる大人になっていく。その大切さを伝えることができればうれしいし、その子が大きくなったときに社会に貢献できる人になってくれていたら、もっとうれしいですよ。