2022年11月6日(日)。

京都府北部の某山中にて。

木造建築の源流を辿る旅は、始まりました。

まずは、山で木を倒すところから。

今回は、宮大工として社寺建築を建てる、ずっとずっと前のお話についてご紹介します。

山林

日本の伝統的建築を支える林業と宮大工

私たち宮大工は、1300年以上の歴史がある日本の伝統的な木造建築技術の伝承のために日々励んでいます。宮大工の技術をまもり伝えることも当然大切ですが、同時に重要なのが、日本の森林の保全です。

なぜなら宮大工の技術が継承されたとしても、材料を生み出す森林が守られなければ、日本の伝統的な建築文化は失われてしまうからです。

日本の森林面積は、ここ40年横ばいで森林が減少していないという点では安心できますが、国内で消費されている木材の多くが輸入材となっており、国産材の活用という点では課題があります。

今回はいつもお世話になっている大工さんと株式会社原田銘木さまに、国産材活用の最前線をご案内いただきました。

株式会社原田銘木

株式会社原田銘木
京都市右京区京北鳥居町にある栗材の専門店。栗材を販売するだけでなく、釿(ちょう な)と呼ばれる大工道具で名栗加工と呼ばれる独特の削り痕を残す日本古来からの加工技術も継承している。山林も所有しており、山木の伐倒・造材・搬出などの林業もおこなわれています。

伐倒の瞬間

この日、まず見学させてもらったのが、杉の木を伐る瞬間でした。

木を倒す方向に口を開き(切り込みを入れる)、反対側からチェーンソーで刃を入れます。そこへ「ヤー(楔)」を差し込んで倒します。

ハンマーで叩き込む時に正しい位置へ当てないと「ヤー」が割れてしまうので、慣れが必要とおっしゃっていました。

伐倒の瞬間

真っすぐには生えていない木の転け(こけ:傾き具合)や枝の向き・分布量を見極めて重心を推察した上で木を倒さないと、思わぬ方向に倒れて危険なこともあるとのこと。

時にはレバーブロックなどを使用して引っ張ったり、木の大きさによってはユンボとバゲットで押して、木を倒すアシストをされることもあるそうです。

熟練の経験と知識で瞬時の判断が必要となることを目の当たりにしました。

大木を前にしても少数精鋭で1~3人程度で伐り倒され、よっぽど難易度の高い状況でないと大人数にはならないというお言葉にも、とても驚きました。

伐り倒した木材はチェーンソーでひとつひとつ丁寧に枝打ちし定尺(3~4m)へ整えられるそうです。

プロセッサー
プロセッサー

「プロセッサー」という重機を使用すれば、定尺へ揃える作業と同時に枝打ちも行うことのできるので、作業時間は1/10程度にまで短縮ができるとのことでした。

山1つ分の草刈り作業

山を守っていく上で、草刈りや落ち葉などの手入れも欠かせません。ひとことで草刈りといっても一山分の草刈りとなると時間も人手も膨大になります。

そうした中で、近頃は機械の扱いに長けた助っ人が大活躍されているそうです。その方はグラップルとユンボという機械を駆使して、桧を箒に見立てて山を掃かれるといいます。

少数精鋭で山を守っていく林業の世界では、一人でいくつもの仕事をこなせることが求められていると体感しました。人手不足によるご苦労が、こうした技術の発達により安全に日本の林業をサポートしてくれることを切に願います。

林業の現場を見学する中で、特に印象深かった言葉が「人工的に植えた木よりも天然の木の方が風雨への耐力に長け、台風が来た際には斜面や厳しい環境下の木が生き残る」というものです。木も人も日々、過ごす環境に順応して習慣の小さな積み重ねで性格や癖が形成されます。どのような行動を日々取り続けるかで数年後の行動・思考・身体能力・健康状態の何もかもに影響が及び、一瞬一瞬の判断が将来を大きく左右することを学びました。

原田銘木さまの工房を見学

並べられた手斧

山仕事の見学の後、原田銘木さまの工房を見学させていただきました。工房内には乾燥させている杉皮や様々な栗材が保管され、訪ねた時に加工中のものもありました。

原田銘木さまで行っている、京名栗という加工法は、釿(ちょうな)という大工道具で木の表面をはつり加工する手法で、京都の丹波で生まれたことから京名栗という名前が付きました。

名栗加工・見当の例
名栗加工・見当の例

そんな名栗加工を八角柱へ施されるのを実際に見せてくださりました。名栗加工後には木の元末(もとすえ)が判別できるように元口側(根っこ側)へ斧(よき)で見当という目印をつけられます。見当を入れることは社寺建築の加工時には見かけないので名栗加工特有の配慮のように思います。

栗のあく抜き
栗のあく抜き

栗のあく抜きでシュウ酸を塗布されていました。外部で使用する場合には、シュウ酸よりもより強力な石灰であく抜きをされるそう。あく抜きをしないと後々、あくが黒い液体状に染み出てきてしまいます。

他にも名栗加工を施したものをいくつか見せてくださりました。控柱で使用する六角柱の中にはあえて屋外で風化させる仕上げもあり、「朽ちてゆくものを良しとする」わびさびの精神や数寄屋建築特有の美学を感じました。

さらに本実(ほんざね)の加工を施した床板や腰壁板にも名栗加工を施されていて、厚みが薄いため削りすぎないように、そして本実に干渉しないようにとても繊細に作業されたことが窺えました。

そんな釿ですが大工が実際に使用するものと名栗で仕上げ加工として使用するものは、形状が異なり、仕上りや「はつりやすさ」も異なるそうです。原田さんの希望を叶えた「原田モデル」が名栗加工には大活躍するとおっしゃっていました。

大工の使用する釿:刃に厚みがある
大工の使用する釿:刃に厚みがある
名栗加工で使用する釿(原田モデル):刃が薄く、加工面に沿う形状
名栗加工で使用する釿(原田モデル):刃が薄く、加工面に沿う形状

しかし釿を専門的に仕立てられる鍛冶屋さんが途絶えてしまい、現在は斧(よき)を扱う、とある一軒の鍛冶屋さんが見よう見まねで仕立ててくださっているそうです。

今ある道具を大切に使い、釿を仕立てる技術・使う技術がきちんと継承されることを切に願っております。

工房内では保管されている貴重な銘木で、社寺建築の工房ではあまり見かけない銘木をいくつか拝見しました。

北山杉の磨き丸太や、桧やヒバに錆加工を施した丸太、赤松や杉の天然の絞り丸太、人口絞など、桧や杉が社寺建築で使用する状態とは表層が異なり、とても見ごたえがありました。

その他、槐(エンジュ)、ブビンガ、コブシ、ツバキ、サクラ、アベマキ、クヌギ等…桂離宮の御幸門には皮付のアベマキの丸太が使用されている事例とともにご紹介くださいました。

山・木・人・技が日本の伝統建築を支えている

今回の山仕事・工房見学では、山・木・人・技の共存について学びました。

絶えず変化し続ける自然を相手に、それぞれ異なる特徴・癖・生育環境・状況を総合的に判断して、ゆっくりと確実に。時には瞬時に判断して対処される様子が印象的でした。

林業のお仕事は死と隣り合わせと聞きます、いざ木を伐る際の緊迫した様子から緊張感がとても伝わってきました。そして製材された状態でしか見る機会のなかった木材が、どのような想いを乗せて職人のもとへ届くのかを、リアルに体感できたように思います。

京名栗の道具と技術継承が抱える現状や、桧や杉との特徴の違いなど多岐にわたってお話してくださったことで、学びの凝縮した時間となりました。

見学を快く受け入れてくださった原田銘木さまと、こうした機会を設けたくさんの学びをくださった大工のMさんへ深く御礼申し上げます。