匠弘堂

宮大工棟梁の岡本弘と、その意思を受け継ぐ若い宮大工の技術集団、匠弘堂。
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コラム

横川社長担当 私が建築に目覚めた瞬間(とき)

第1話 雪の金閣寺

第2話 歴史マニア?

第3話 三歳の記憶

 

有馬棟梁担当 宮大工として生きる

第1話 棟梁と弟子

第2話 夏の決意

第3話 ありのまま

 

匠弘堂 スタッフコラム

担当:光富 被災地を訪ねて

担当:藤田 ツルは、本当に何も知らんなぁ・・・。

担当:武田 活きる場所

 

コラム

横川社長担当コラム有馬二代目棟梁担当コラム

 

匠弘堂 スタッフコラム 毎回、テーマと担当者を変えてお送りする、読み切りのコラムです。

担当:光富 被災地を訪れて

東日本大震災から約十ヶ月、被災地は今いったいどうなっているのだろう。ずっと心のどこかにひっかかっていた思いを胸に、思い切って宮城、岩手、福島を訪れた。
被災して大変な思いをしている人がたくさんいる中に、ボランティアでもなく、ただ見に行くという行為に批判的な人も当然いるだろう。自分自身そのことに対する葛藤も少なからずあった。しかし、東京の現場で地震を体験して以来、日常の中で徐々に薄まっていく記憶に対する違和感が拭いきれずに、自分の目で確かめてこようと思い立った。

石巻、気仙沼を通り抜けて陸前高田へ、その後、原発のある南相馬へと足をのばした。
想像していた通り、東北は広い。京都から仙台に行くだけでも相当な距離があり、仙台を起点にそこから移動するにはさらに時間がかかる。バスや電車で移動しながら、被災した地域の広さに愕然とした。

石巻ではCDショップの人にたまたまお話を聞くことができた。津波に逃げ遅れて自宅から津波が押し寄せる様子をただ見ているしかなかったこと、自衛隊が救助に来るまでの壮絶な状況、そしてボランティアの人たちに手伝ってもらいヘドロや瓦礫を撤去し、お店を再開した様子。話を聞く中で、「ガイチの人」と言われ一瞬意味が分からなかったが、どうやら「外地」ということらしい。被災地の人の孤独さを垣間見た気がして胸が苦しくなる。

陸前高田では、見渡す限り津波にさらわれ、ただ道だけが残ったかのような景色、三階まで津波の来た跡がはっきりとわかる高校、まるで歴史の教科書でみたような景色を目にした。電気の復旧のためにわずかに立てられた新しい電柱が、なんだか妙に目につく。ヘドロに覆われた高校の前で呆然としていると、その景色にあまりに似つかわしくない女性の笑い声が聞こえてきた。見ると若い女性が二人で歩いてくる。どうやらこの高校の卒業生らしい。この景色の中で日常を生きていくというのは、まさしくこういうことなのだ。


そして最後に福島県の南相馬では原発20キロ圏内警戒区域の際まで行ってきた。立っている警官は思い入れを強く持ちすぎないように他府県から派遣されるらしい。彼らに特別緊張した様子はない。しかし、目には見えなくとも、ここにはこの何の変哲も無い景色を「あちら」と「こちら」に分断する壁が、確かに存在しているのだ。町に漂う異様に重苦しい空気、暗さ。それは未だ異常事態が継続中であることをひしひしと感じさせる光景。ここにはまだ感傷の漂う隙間なんてない。

どれもこれも、心のどこかに強烈に突き刺さった。最初はとげのようなものかと思ったそれは、ふと自分の体を見てみると、まるで体に杭が刺さったかのような穴がぽっかりと開いていた。

京都に帰って、ふとこんな言葉を目にした。「被災した人たちは忘れられることをとても恐れている。そして被災していない人たちは、忘れてしまうことをとても恐れている。」この言葉を読んで、今回被災地に行こうと思った理由がストンと腑に落ちた気がした。消化することなんてできないが、この消化できない感じをずっと持ち続けていこうと思う。